「はじめに」 私は6年前に父親が創業した会社をM&Aで売却しました。売却当時はM&Aという経営戦略に理解がなく、東北の町工場の馬鹿息子が、親から貰った会社を誰かに乗っ取られたらしい・・などという陰口も聞こえていました。あれから6年、中小企業の事業承継の手法のひとつとしてM&Aに脚光が高まり、中小企業を対象としたM&Aのセミナーや書物が多くなってきました。しかし、その多くが大学教授、税理士、弁護士により教示された経営学や経済学の視点、あるいは専門家によるM&Aの技術が売り物となっています。そこには、売却を決断した経営者の「心」がおざなりになっています。経営者は、売却を考えたときから悩みがはじまり、誰にも打ちあけられず連日悩みが続きます。 「売却して会社はどうなるのか」「社員は退職に追い込まれないだろうか」「社員はどのように私を見るだろうか」「「地域内でどのように思われるだろうか」「家計や暮らしはどうなるであろうか」「子供達の学費や将来はどうなるであろうか」・・・悩みの一例です。経営者の悩みは24時間続きます。さらに、売却を決断した中小企業の社長は真剣です。しかし、M&Aの支援者との真剣度と比較すると、そこには大きな開きがあるのです。支援者が経営者の真剣度と必死度を理解することで決断しようとする経営者からの信頼を獲得し、M&A売却の一歩が始まるのですが・・・・。 本書は、序章で私が売却した会社に潜んでいた事業承継構造の裏側を述べ、第1章・第2章では、私が父から承継した会社を売却決断した経緯をしたためました。続く第3章・第4章では事業承継の課題を実践論からの考察としてまとめ、知的資産経営という考え方で自社の出口を探る手法をまとめてみました。さらに第5章・第6章では、自社の進路を売却と決め決断した、小さな会社のM&A売却の主要ポイントを、経験者である私の視点で経験則から示しました。 「継ぎたくない会社は、さっさとM&Aしなさい!」のタイトルは、見方によってはいい加減なタイトルに映るかもしれません。しかし、「さっさとM&Aしなさい」の意味には、事業承継時に生ずる問題を知ろうとしないことに起因し、終極事業を承継できなくなってしまう切実な問題が潜んでいるのです。「自己の経営能力の足りなさを自戒しなければならない問題」、「承継した事業が天職でないことに気付くべき問題」、「将来相続の不調整で経営権が移行しやめざるを得ない問題」、「将来性のない会社にしがみついている経営上の問題」等々さまざまです。事前に事業承継の問題を知りさっさとやめて「出直すか」、解決法を見つけることで「承継するか」、本書は中小企業経営者と経営や承継を支援する有識者への問題提起書です。 本書は、前著書「私が会社を売った理由」(2003年・早稲田出版)と並行してお読みいただくと、M&Aを活用した中小企業の事業承継がさらに理解頂けます。前著書は,M&A売却した経緯と切実な思いを実録としてまとめたものです。しかしながら、M&A売却の成功物語に対し、私の格好よさだけを誇張した一冊であったかもしれません。今回は、売却した会社の経営に私の恥部を付け加え、事業承継の問題点を重ね合わせました。本書の第1章・第2章でも経緯については記述がありますが、その補足として一読いただければさらに理解が深まります。 前書執筆時はまだ創業者である父が存命しており、全ての思いや事実をストレートに記述するには遠慮や様々な制約がありました。他から抑制された制約ではなく、自分が自分で口を封じてしまう制約です。創業者であった父は、「私が会社を売った理由」出版の2ヶ月後に他界しました。実は、彼の妻である私の母もその4日前に他界していたのです。前著書を一読することはありませんでした。父が生存中に一読の機会があったなら、格好よさだけの内容に対し、しかめ面で私を叱り飛ばしたかもしれません。しかし父は、自分が創業した会社を私が売却したことで、同族経営への終止符を見極めながらも、創業した会社の存続を確認し、母を追いかけたのかも知れません。 同族中小企業の後継者は、先代経営者である自分の父親や母親が存命中は、自社の経営の裏舞台をオブラートに包み込むことで、後継者自らに確執という火の粉が降りかかることを避けています。2作目の本書は、創業者である父や母が他界していることもあり、ところどころで、オブラートを溶かした表現を使い記述してあります。実践論のため、事業承継の高度な専門技術を机上で修得した専門家や有識者とは違った見解や、生意気な表現があるかもしれません。しかしながら、一人でも多くの後継者に問題意識を持ってもらい、且つ、自らの後継者マインド育成の一助にしていただければ大きな喜びです。本書の存在が、中小企業の存続と発展に寄与できれば幸です。 2008年 4月
はじめに 序章 M&A売却で自社を死守する後継者の生き方第1節 オブラートに包まれた同族企業の事業承継
第2節 同族中小企業の究極の事業承継方法
第1章 創業者の敷いたレールを継がないと決断する第1節 創業者に鍛えられた究極の後継者教育に感謝する
第2節 後継者教育をこなした後、後継者の座を自ら降りる
第3節 創業者の憲法に逆らえなかった脆弱(ぜいじゃく)な後継者
第4節 創業者の頭の中だけにある株主名簿・・ボケたらどうする?
第2章 将来の姿が見えない会社なら売ってしまえ第1節 創業者と後継者の売却額合意の問題点
第2節 M&A売却による第2創業の考え方
第3節 後継者の経営能力より創業者の個人預金
第4節 自社崩壊の兆しを感じる幹部社員の反逆
第5節 優良企業の報酬構造と矛盾「相続税が払えません」
第3章 事業承継の落とし穴と立ちはだかる壁第1節 決算書を読めない典型的な後継者の姿
第2節 後継者の資質は「妻」に聞け!
第3節 後継者のための「金融機関」と「保険」活用法
第4節 後継者が経営権を持つ別会社創業が必要な理由
第5節 種類株を制する後継者は同族企業を制す
第6節 上場か売却かを決める年商三億の壁
第7節 ワンマン経営者に立ちはだかる内部告発という壁
第8節 偽物(にせもの)社長から本物(ほんもの)社長に脱皮する事業承継計画
第9節 先代社長に物言う決心があれば事業承継計画は成功する
第10節 団塊世代の知恵が厳冬下の中小企業を元気にする
第4章 先代経営者と後継者で自社の出口を再構築する第1節 見えない経営資源を見える化させる知的資産経営
第2 先代社長と後継予定者で未来を諮る(はかる)知的資産報告書
第3節 自社の進路が見えれば承継者が見える
第4節 廃業も売却もできない中小企業の出口
第5章 存続発展のための自社売却を経験則で語る第1節 M&Aを決断するのは誰?
第2節 後継者夫人が決断するM&A
第3節 オーナー経営者の地雷を踏まずに売却を進める
M&Aを勝ち組にできる税理士と負け組みにする税理士
第5節 売れる会社には必ず仲介アドバイザーが介在する
第6章 中小企業の後継者がM&Aで生き残るために第1節 M&Aで生き残る社員と追い出される社員
第2節 中小企業は同業者への売却に道がある!
第3節 社長が社員に約束しなければならないこと
第4節 売却決断を躊躇(ちゅうちょ)している後継者よ!「俺についてこい」
あとがきに替えて
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